運転手の怒鳴り声で目が覚めた
始発電車に乗り込んでから眠ってしまい
何往復も乗車し続けていたのだから
彼が怒るのは無理もない
下車して見渡した駅前ロータリーには
新緑が青々と生い茂っていた
私がベースボーカルを担当していた
3人編成のロカビリーバンドは
月一回程度ライブを行っていた
主に都内のライブハウスで演奏していたが
チケットノルマと集客で折り合いが付かず
チャージバックが発生する演奏場所を探していた
全く趣向が合わないバンドと対バンを組ませる
ライブハウスの運営にもウンザリしていたのだ
そんなある日のこと平塚の雑居ビル地下に
『レモンハート』というライブバーを見つけた
チケットノルマやハコ代負担は一切なく
集客や売り上げによってはギャラも貰える
私達は喜んで平塚に活動拠点を移した
19時過ぎに演奏を始める予定で
ライブの告知もしているのだが
常連客が集まりだすのは
決まって終電時刻の頃合いであった
彼らは私達の演奏を聴くことに
さほど興味は無かったのだろう
私達とのブルースセッションを目的に
この時を待ち侘びて来店していたようだ
ライブバー『レモンハート』は
だいぶ前に閉店して今は存在しない
この店でライブ活動をするバンドは皆無で
当時主流だった音楽が何であるか
全く興味が無かった私だが
少なくとも主流と思われる音楽が
演奏されるべき場所では無かった
むしろマニアックな地元の音楽好きが
ブルースセッション目当てに出入りする
そんな色合いの濃いライブバーだった
綺麗とは程遠い薄暗くて狭い店内は
いつもサイケデリックな雰囲気が漂い
古びた音響設備とドラムセットだけでなく
多数のギターやベースが
所狭しと並べられていた
私達は彼らと夜通し演奏した
酒を浴びるように飲みながら
タバコの煙が立ちこめる狭い空間で
次から次に入れ替わる
名も知らない演奏者たちと
行く先すら分からない
責任の所在も定かではない
いつ終わるのか誰も知りえない
刹那的なブルースセッションに
誰もが目を輝かせていた
演奏が終わり店内にR&Rが流れ出すと
マスターが上機嫌な表情を浮かべ
私達3人と常連客に酒を振る舞う
無秩序な面々と空気感の中で
延々と俗な話に花を咲かせたものだった
そんな狂喜と喧騒の時間も
明け方には終わりを迎える
いつも最後まで店内に残るのは
マスターと私達3人だけだった
別に残りたかった訳ではないのだ
終電が無くなって始発まで帰れない
ただそれだけだった
二日酔いと睡眠不足の頭に
5月の太陽は眩し過ぎた
新緑は今も変わらず青々と茂り
活力に満ち溢れている